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【東新町コーヒーブレイク】 [【個人】オリジナル小説]

【東新町コーヒーブレイク】
東新町商店街
 誰にだってひとつくらい小さい頃の楽しかった想い出ってあるよな。
俺は子供の頃、『お出かけ』が好きだった。
ここで言う『お出かけ』ってのは近所のスーパーに買い物に行くことじゃない。
いつもよりオシャレをして、いつもよりも都会の街に行くことだ。
普段の生活圏にはない高いビルやデパートに胸を弾ませハシャギまくり、帰りの車の中では疲れ果てて爆睡。
『お出かけ』の記憶は、この歳になった今でも宝物のようにキラキラしてる。
でも、それは記憶の中だけの話。
 バブル崩壊以降の二十年続く大不況により、日本全国の地方都市はどんどんと活気が無くなった。
徳島ももちろん例外じゃなく、俺が子供の頃にお出かけしていたあの街並は見る影もなくなってしまった。
 インターネットが広がり、田舎も都会と同じ物と情報を変わらないスピードで手に入れれるようになった。
卸売業者と消費者が直接繋がることで、より早く、より安く、欲しい物だけをピンポイントで手にすることができるようになったよな。わざわざ買いに行かなきゃいけない街の小売業者(商店)なんて、消費という経済活動の蚊帳の外だ。
その便利さのおかげで街から人が居なくなる、人が居ないから商売が成り立たない、商店はシャッターを閉める、シャッター街に行っても欲しい物はない、だからネット通販する。
『シャッター街』のレシピは至ってシンプルだ。
『デフレ』に『便利な世の中』を混ぜるだけ。フルーチェ並に簡単。
 ある時、俺はひょんなことから、そのシャッター街の空き店舗でコーヒー豆を売ることになった。
一見、完全に寂びれて冷えきってしまったようなシャッター街でも、中に入って商売をしてみるとそこに息づく人達の熱が伝わって来る。
グツグツと煮えたぎるような熱湯じゃなく、ほっと一息つけるコーヒーぐらいのもんだけどな。
美味いコーヒーを淹れて待ってるから、あんたも是非飲みに来てくれ。
.
 「マジでシャッターばっかだな、、、。」
高校を卒業した十八歳から二十九歳までの十一年間、徳島を離れて暮らしていた俺の最初のひと言だった。
 東新町商店街。徳島駅から南西に徒歩十分くらい歩いた所にあるアーケード街だ。
俺がガキの頃にはたくさんの商店が軒を並べていた。
洋服、靴、鞄、傘、雑貨、オモチャ、レコード、本、なんでも売ってたし、当時はシネコンなんか無かったから映画館が配給会社別に三軒もあった。
極めつけは、マクドナルドとミスタードーナツ!!
県南の田舎、小松島市で生まれ育った俺にはテレビでしか見たことのない幻のレストラン。
マックシェイクを初めて飲んだ時、何が口の中に入って来たのかが分からずに、ビックリしたのを今でも憶えてる。
その頃の俺には、東新町は大都会。まぎれもないメトロポリスだった。
夏休みの子供映画を観た後はお決まりのコース。マクドナルドで食事をして、オモチャ屋に行くのと交換条件におふくろと姉ちゃんの買い物に付き合う。
女性のウィンドウショッピングに付合うのが苦じゃないのは、この頃の経験が役に立ってるのかも知れない。今は宝の持ち腐れだけどね。
 そんなメトロポリスも、俺が高校生くらいの時から雲行きが怪しくなっていた。バブル経済の崩壊だ。
東新町は『徳島そごう』という大きな百貨店に客を持って行かれてはいたものの、『高級品はそごう、日用品は東新町』と棲み分けが出来ていてそれなりに活気はあった。
だけど、バブルが弾けた後、少しずつ街の様子が変わり出した。三軒あった映画館のうち、二軒がいつの間にか姿を消していた。
 高校を卒業して県外へ出た俺は、その後どんな風に街が変わっていったのかは知らない。
ただ確実なのは、十一年ぶりの東新町は全体の半数がシャッターの閉まったくすんだ灰色の街並になり果てていたってこと。
見本のようなゴーストタウン化に俺はビックリしていた。けど、まだまだこの街の衰退はそんなものじゃなかったんだ。
.
 それから数年の衰退スピードは予想を超えるものだった。
マクドナルドがなくなり、ミスタードーナツがなくなった。個人商店はどんどんとシャッターを閉めた。
建物の老朽化も進んでいたのだろう、更地にして駐車場になっている所もたくさんある。
とどめを刺したのは、徳島市郊外にシネコンが入った大型ショッピングモール『フジグラン北島』が出来たことだろう。
かつての東新町から無駄が削ぎ落され、便利さと楽しさがコンパクトに詰め込まれた白い箱。
なんだか、ここ十数年の携帯電話からスマートフォンへの進化みたい。
そんなに便利さって重要かな?
俺は思うんだけど、ちょっとくらい不便でややこしい方が実感があって楽しいと思うんだけどな。
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 日本全国の都道府県どこも同じだと思うけど、街から元気がなくなると「地域再活性だ、街おこしだ」と言い出す人達が出て来るよな。
本気で真面目に取り組んでそうな人もいれば、まるでとんちんかんで胡散臭そうな人もいる。
まぁ、俺からすると全員、胡散臭く見えるけどな。(大不況というサバンナで生きる為、俺のような弱小商店主には草食動物並の警戒心が必須。)
 そんな地域再生を謳う人達の中に『東新町商店街の空き店舗を使って、日替わりオーナーのレンタル店舗』をしている人がいると聞いた。
聞くところによると『シャッター商店街の再生』を目指しているという。
俺は頭が悪いので、地域再生や再活性をするにはどうすればいいのかなんて分からない。
耳障りのいい言葉だけを並べ、その実は地域に根ざしている人達を無視したナンセンスな計画なんてのもたくさんある。
この『レンタル店舗計画』が、そのへんはどうなのかなんて俺は知る由もなかったが、
大好きだったあの頃の東新町に戻るかも知れないって可能性を感じれたのはちょっと嬉しかった。
.
 『シェアバー』と名付けられたそのレンタル店舗は名前が表すとおり夜に使用されることが多く、平日の昼間はほぼ使われていないと言う噂を聞いた。
当時の俺は「どうにかウチの自家焙煎コーヒー豆を徳島市内で販売出来ないだろうか?」と考えていた。
いくら徳島が車社会だと言っても、車を運転出来ない人はたくさんいるだろう。それに、徳島市からわざわざウチにコーヒー豆を買いに来る人がいるとも思わなかったからだ。
いろいろと思案していた時にその噂を聞いた俺は、シェアバーのオーナーに連絡を取り『月に一回、どこかの月曜に丸一日借りる』ということになった。
どうして月曜なのかの説明は不要だと思うけど、このコラムはウチの宣伝も兼ねてるから一応書いておく。
月曜はウチの定休日、つまり昼間に自由に動けるのは月曜だけだからね。そうなった。
『休日を返上して働く』、それがデフレ時代の弱小個人商店の企業努力。
なんだか救われない話。
.
 東新町は徳島市街地の中心部に位置しているアーケード街。
いくら寂びれたとはいえ、雨風や太陽を避けれるから通行人も多いだろうし、SNSで興味を持ってくれる人も来やすいはず。
「ちゃんとアピールをすれば、月イチでコーヒー豆を買ってくれる顧客も出来るかもしれない!」
ガキの頃に見ていた人でいっぱいの東新町のイメージが先行し、俺は期待とやる気でいっぱいになった。
 そこで俺はコーヒー豆の販売にあたり、どうすればたくさんの人に興味を持って貰えるのかを考え始めた。
ちなみに考え事をする時の音楽は、ビル・エヴァンス・トリオのワルツ・フォー・デビィ。
軽快なピアノの旋律が思考の渦にハマり込みそうになるを防いでくれる、それでいてしっとりとしたジャズの名盤だ。
何度目かのリピートの後、最高のナイスアイディアが浮かんだ。
『午前中に焙煎をした正真正銘の焼き立てのコーヒー豆を販売、店では試飲を兼ねて飲んでもらう』。
でも、これにはひとつ問題がある。休日返上のうえに早起きまでしなきゃいけなくなる。なんて二重苦。流行りのブラック企業みたい。
その後も考えたけど、いいアイディアは浮かばなかった。
 いろいろと考えるうちに、想い出の東新町で商売が出来るという嬉しさが強くなって、二重苦なんてどうでもよくなっていた。
しかしその数日後、俺は『シャッター街』という現実をまざまざと思い知ることになる。
.
 その日は、十時半くらいにオープンした。
六時に起きて、七時に焙煎(時間がかかるから本当はもっと早くやりたいけど、近所への騒音も配慮しないとな)、九時に小松島を出発し、十時から開店準備。
起きてからオープンまでで五時間が経過。正直に言うと、ウチの店で営業するよりも体力的にはヘヴィだ。
でも、この日の俺はそんなことは気にならないほどワクワクしていた。iPodから大好きなオアシスを呼び出す。
記念すべき一曲目はモーニング・グローリー、清々しい朝にぴったりのゴキゲンなロックナンバーだ。まぁ、リアムは「まだ寝かせといてくれ!」って歌ってるんだけど。
 意気揚々とオープンしたものの、三十分経とうが一時間経とうが来客はひとりもなかった。
それもそのはず、シェアバーの前を誰ひとりとして歩いてはいなかったのだ。
「まだ午前中だし、しかも月曜だからこんなもんだろ。」
独り言ちてはいたものの、俺の中にはすでに不安が芽生えはじめていた。
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 正午を過ぎた頃、三人の来客があった。皆、SNSやブログを見てくれた人達、昼休憩の時間を使って来てくれのだ。
店をやってる人なら経験があると思うけど、客商売ってのは『人が人を呼ぶ』ことがある。
「五分前までガラガラだったのに今は満席」みたいな。
論理的に証明は出来ないけど、ある種の『流れ』みたいなものを感じる時ってあるよな。
数学的には『ポアソン・クランピング』という言葉で片付けられてるみたいだけど、興味があるなら勝手に自分で調べてくれ。
 三人が帰った後、俺はその『流れ』が来ると信じて次の来客に備えていた。
しかし、そんな簡単にポアソンはクランピングしない。三十分経過、一時間経過、二時間経過。誰も来ない。
たまに通行人はいるが、先を急ぐOL、ヤマトや佐川の配達員、目の前のATMに用事がある人。
「コーヒーいかがですか?今朝、焙煎したばかりの焼き立てです!」
もちろん、誰からも反応はない。もう店じまいして帰ろうかな。
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 早起きをして、休日返上して、場所代を払い、なんなら駐車場代だってかかってる。
このままじゃ、俺の今日はまったくの無駄になってしまう。たまにはそんな日もいいだろうけど、それは今日じゃない。
俺は店の前に立って、道往く人、全員に片っ端から声を掛けることにした。とは言っても一時間に五人いるかどうかだけど。
 その時、通行人を探していた俺の目の先から見事な銀髪のお婆ちゃんが歩いて来た。俺はいつもの三倍のスマイルを振りまく。
「ホットコーヒーいかがですか?休憩していきませんか?」
「あれ?いつの間にこんなとこに喫茶店が出来たん?」
見た目の印象よりもハリのある声、喋り方だけでサバサバした性格だとわかった。
「いや、本当の店は小松島なんだけど。月に一回、出張カフェに来てるんですよ。」
すると、ミセスシルバーは物珍しそうに店の方を見て、
「ほなちょっと飲んでいこか。せっかく小松島から来てくれとるんやからな。」
.
 出張カフェと言えども、やるからには百パーセントのコーヒーを出したい。
だから、ケトルやドリッパー、コーヒーカップに至るまでの用具一式は全部ウチから持って行く。
シェアバーにもコーヒーカップはあるけど、俺のコーヒーは俺の選んだカップで出したいからな。(こういうとこが面倒くさい奴と言われる所以。)
自慢のボンマックのコーヒーミルで豆を挽いているとミセスシルバーがおもむろに言う。
「あぁ〜エエ香りやなぁ〜。」
「でしょ?今朝、焙煎して来たばっかですからね。正真正銘の焼き立てですよ。」
俺は自慢げに言い放つ、鼻の穴も膨らんでたかもしれない。
「ホンマはこの先の店にコーヒー飲みに行こうと思っとったんよ。でも、ここがあって良かったわ。
昔と違って店も全然少なくなっただろ?コーヒーを飲むのも一緒の店ばっかりになってしまってな。
アタシはどっちかと言うたら、色んなお店に行ってみたい方なんやけど、もうお婆ちゃんになってもたから遠出も出来んしな。
月に一回でもお兄ちゃんのトコが来てくれたら嬉しいわ。
それに、お店のシャッターが開いとるのを見るのもホンマに嬉しい。」
ミセスシルバーの最後の言葉に、俺はちょっと目頭が熱くなった。
ここにもシャッター街に成り果てた東新町に、もの悲しさを感じてる人がいる。
.
 俺の中の東新町なんて、逆算するとたかだか数年だし、過去の記憶でしかない。
しかし、ミセスシルバーの中の東新町はおそらく数十年。
どんどんと近代化され、たくさんの商店が立ち並び、徳島一の繁華街になっていく様も見てるだろうし、
バブル崩壊後のみるみる衰退し、街から活気がなくなっていく様も見てるだろう。
そしてなにより、彼女は今もこの街で買い物をし、散歩をし、コーヒーブレイクを楽しんでいる。
ずっと続いている東新町の歴史の延長線上を歩いてるってことだ。
そう考えると、彼女の持つ東新町への悲哀は、きっと俺の何十倍もあるだろう。
.
 ミセスシルバーはどうやら俺のコーヒーを気に入ってくれたらしい。
「来月はいつ来るんで?」
「わからん。まだ決めて無い。でも、どっかの月曜。」
いろいろ話をしている間に、俺はタメ口になっていた。俺は基本的に敬語が苦手。
気を付けなきゃいけないとは思ってるけど、なかなか直らない。ミセスシルバーが気にしない人で助かった。
「ほな、月曜にココを歩く時は気を付けて見とくわ。ごちそうさん。」
「うん、よろしく。ありがとう。」
俺は東新町の先輩の背中を見送った。
 それからの時間は、俺が散々前フリしたからわかるだろうけど。ご想像の通りだ。苦戦に次ぐ苦戦。
夜に仕事終わりのウチの常連客や友達、SNSで興味をもってくれた人達の来店がなければ、目も当てれない結果だっただろう。
十九時に閉める予定だったのを二十一時まで延長し、寝不足でフラフラになりながら片付け、小松島に戻ってすべての作業が済んだのが二十三時。
まぁ、店に戻ってからは半分寝ながら作業してたけどね。
.
 今度で東新町への出張カフェは十七回目になる。
手を変え品を変え、いろいろ試行錯誤しながら続けてる。赤字になった事も何度もある。
ミセスシルバーはタイミングが合った時は、コーヒーを飲みに来てくれてる(ある時なんかはパチンコ仲間を二人も連れて!)。
彼女の東新町の中の楽しみのひとつになれたことが単純に嬉しい。
 シャッター街の再生とか空き店舗の有意義な使い方とか、俺はよく分からないからそういうのを語る気はない。
ただ、ひとつわかったのは、俺は東新町が好きなんだと思う。昔も今も。
だから、赤字になっても腐らずにやれてるんだろう。
寂びれたシャッター街の中でコーヒーを飲むのも、なかなか趣があっていい感じだよ。知ってた?
『東新町コーヒーブレイク』。
よかったらあんたも一緒にどうだい?
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『ガールフレンド』 [【個人】オリジナル小説]

『ガールフレンド』

鳴きやまない蝉の声の中、校長の長い話が続いている。
体育館の両側の扉は全開にしているので、たまにそよ風が流れ込んで来てはいるが、
それは夏の温度と湿気を含んだ蒸せ返るようなしろものだった。
「、、、と言うわけで皆さん、ハメを外し過ぎないように。では、本日は楽しんでください。」
蒸風呂の我慢大会のような全校朝礼から解放された生徒達は、思い思いに体育館から出て行く。
なんとなく彼らの足取りが軽いのは、今日一日は授業もなく遊んで過ごせるからだろう。

春日碧の通う赤月商業高校には『赤商祭』という大きな学園祭がある。
年々人口減少の一途を辿る赤月市、昔はたくさんあった夏祭りも今ではもう赤月神社祭りだけになってしまった。
そこで町興しも兼ね、赤月市と赤月商業高校が協力して10年ほど前から始めたのが『赤月商業高校夏祭り』、通称『赤商祭』だった。
基本は学園祭なので幼稚園児や小中学生、老人福祉施設の利用者なども安心して楽しむことができ、
現在では赤月市の夏の一大イベントにまで成長した。

即席の男子用更衣室となった化学室でアオイが浴衣に着替えていると、高垣涼介が声をかけてきた。
「アオイ、お前、今日は何かすんの?」
「ううん。僕は今日はお客さん。リョースケは?」
「兄貴の手伝い。まったく人使いが荒いんだよな。まぁ、しっかり稼がせて貰うけどね。」
この祭りにおける赤商生の過ごし方は二つに別れる。
一方はアオイのように客として祭りを楽しむ側、もう一方は屋台などを出して商売をする側だ。
学園祭ではあるものの、地域を巻き込んだイベントなので屋台の売上げも相当なものになる。
一攫千金のチャンス、それだけに生徒の気合いの入り方も違うのだ。
毎年、食物科が出す本格ピッツァの屋台は大人気で、とうとう去年はテレビ局が取材まで来ていた。
「アオイも後で食べに来いよ。オマケしてやるからさ。」
「やった。絶対行くよ。ところでさぁ、、、立花さん見なかった?」
「立花?そう言えば今朝、横井と一緒に登校してたな。久しぶりだよな、あの子が学校に来るのって、、、。」
そう言った次の瞬間、リョースケの唇の右端が上がり好奇の視線がアオイを捕らえていた。
勘のいい幼馴染みは、一瞬ですべてを察したようだ。
「ん?なに?」
「いや、、、べつに。じゃあ、俺行くわ。絶対来いよ。」
揶揄かったりはしないが、見逃してもくれない。
いつも自分より一枚も二枚も上手のリョースケに軽い敗北感を感じながら、着替え終わったアオイは化学室を出ていった。

この祭りが生徒に人気がある要因のひとつに、皆がそれぞれ好きな服装で過ごせるというのがある。
普段の制服とは違う姿を見せる事が出来るというのは、意中の相手に自分をアピールする絶好のチャンスでもあるからだ。
赤商生に語り継がれる伝説がある。
その昔、ひとりの男子生徒がいた。普段の彼は全く目立たず、女生徒から見向きもされない存在だった。
しかし、赤商祭で私服を披露したところ、そのセンスの良さが功を奏し、次の日から女子にモテモテになったのだ。
そして彼は意中の相手を射止め、バラ色の高校生活を送ったという。
それが『赤商シンデレラボーイ伝説』。
つまり、赤商祭は恋愛面においても一攫千金のチャンスなのだ。
アオイはファッションに疎いので、おとぎ話の主人公にはなれないと思ってはいる。
しかし、棚から牡丹餅という言葉があるように、万が一のチャンスがあるかも知れないと期待を込めて、
今回はちょっと背伸びをして浴衣を着ることにしたのだ。
いつもとは違う格好をしている自分に少しばかりくすぐったさを感じてはいたが、そんなに悪くはない気分だった。

周囲を気に掛けながら歩いているアオイの目に、段ボール箱を載せた台車を押す横井由麻の姿が映った。
彼女なら何か知っているかもしれないと思い、アオイはユマに駆け寄った
「横井、立花さん知らない?」
「なんでカオリのことは『さん付け』で、私は呼び捨てなのよ?」
猫を彷彿とさせる切れ長の目から、鋭い目線が飛んで来る。
ユマとは小学校からの仲で、小さい頃から凛とした子供だった。
毎年、先生から学級委員長に推薦されるユマに対して、アオイはいつも畏怖に似たものを感じていた。
それは今でも変わらないが、いつしかそれが心地好く思えるになったのは、お互いが大人に近付いたからなのかも知れない。
「え、だって横井は横井!って感じで、立花さんは立花さん♪って感じじゃん?」
「ハイハイ。意味わかんない。」
興味が無ければサラッと流す。
これもアオイが気に入ってるユマの性格のひとつだ。
「カオリなら担任に呼ばれてたよ。朝礼終わったら職員室に来るようにって。」
「あ、ホント。ありがとう。じゃ、行ってみるよ。」
ユマが猫の目でアオイを上から下まで見つめながら言った。
「浴衣、イケてんじゃん。まぁ、、、せいぜい頑張れ。」
二度目の敗北感を味わいながら、アオイは職員室へと向かった。

職員室の前まで来たがアオイは中に入れずにいた。冷静に考えると職員室に入る理由が無いからだ。
廊下に立ち尽くし何か理由をと考えていると、いきなり大きな声で話かけられた。
「どうしたぁ!?春日ぁー!!なんか用かー!?」
いきなりの大声に思わず背を屈めた。振り返らなくてもわかる、担任の佐山一徹だ。
俗に言うチョイ悪オヤジ風で、いつもオシャレには気を使っている。
今日もターコイズを基調とした涼しげな麻のジャケットに、オフホワイトのスリムパンツをロールアップにして履いている。
ファッションセンスは高いのだが、中身は縁日の金魚すくいのオヤジなのが少し残念なところだ。
「いや、あの、立花さんを探してて。先生のところにいるって聞いたから。」
「立花なら教室にいるぞ。可哀想だけどプリントをやらせてるんだ。まぁ、単位を出す為の救済措置だから仕方ないな。でも、テストじゃないから教科書見ながらでも全部解いちまえば合格だ。俺って良い先生だろ?」
手鏡を見ながら自慢の顎ヒゲを触っている。
数学教師は生やすヒゲの長さも計算するのだろうか。
今度、時間のある時にでも聞いてみようと思った。

アオイが立花香緒里と出会ったのは中学校の入学の日に遡る。
これから始まる中学校生活、初めての隣の席の相手がカオリだった。
まっすぐなロングの黒髪にウエリントンタイプのセルフレーム眼鏡をかけた地味な女の子。
それがアオイがカオリに抱いた第一印象だった。
毎日の生活が始まると、アオイは『中学校の授業』というものに小学校の頃とは全く違うものを感じていた。
学問としてのレベルの高さはもちろん、小学校の時のように出来ない子に合わせるという進め方ではなかったからだ。
出来ない子がどんどんと置いて行かれる、とてもシビアな世界だと思った。
そんな状況にあって、カオリは生まれつき身体が弱く学校も休みがちだったので、
たまに学校に来ても授業について行けず、少し残念そうに溜め息をついていることがよくあった。
ある日の数学の授業の後、カオリが眉間に皺を寄せ、授業の最後の方に先生が解説をした問題を見つめていた。
なんとなく気になったアオイは、思わずカオリに声を掛けていた。
「立花さん、どうしたの?どっかわかんないの?」
それまで一度も会話をしたことのないアオイからいきなり話し掛けられ、
カオリは少し驚いた表情を見せたが、ハニカミながら応えた。
「どうして、これがこうなるの?」
アオイは決して勉強の出来る方ではなかったが、数学に関しては社会や英語に比べれば、多少マシな方ではあった。
自分に教えれるのかどうか、不安に思いながらもカオリが指をさしているところを覗き込んだ。
「あ、それはね。左から右に移動させたらプラスとマイナスが反対になるからだよ。」
無事に教えれたことに胸を撫で下ろしていると、
「すごいね!春日くん、数学得意なんだ!」
カオリの真っ直ぐな目がアオイに向けられていた。
大きめの眼鏡の奥から向けられた尊敬のまなざしにドキリとした瞬間、アオイの心の中にたくさんのものが芽生えた。
それからカオリは時々、アオイに数学の質問をしてくるようになった。
難なく応えるアオイを彼女はすごいと褒めてくれた。
しかし、それはカオリに褒められたい一心でアオイが数学を一生懸命勉強していたからだった。
カオリの苦手科目が英語では無かったことを、アオイは日々、神様に感謝していた。
2年生3年生と、カオリとは別のクラスになったので、アオイが彼女と会話をする機会はほぼ無くなったが、
ユマとカオリは同じクラスで仲が良くなっていたので、たまにユマと話す時にカオリも交えて会話をしていた。
内心はカオリと話がしたいから、ユマに話し掛けていたのだけれど、それは彼だけの秘密だった。

教室のある校舎への渡り廊下を歩きながら、いろいろと考えを巡らしてた。
カオリは単位取得のプリントをしている。
つまり、学園祭の最中とはいえ勉強中だ。
その彼女の前に浴衣姿で現れる。
これほど野暮なことはない。
急いで化学室に戻り、いつもの制服に着替えた。

教室の入口の前まで行くと、一番前の席に座ってプリントを見つめているカオリがいた。
あの時と同じように眉間に皺を寄せている。
アオイは心地よい懐かしさを感じながら、しばらくカオリを眺めていた。
ふと、違和感を感じた。何かが違うと思った数秒後、アオイは気付いた。
彼女は眼鏡をかけていなかった。
記憶の中のカオリは、顔の半分がウエリントンの大きなセルフレームに収まった、まだあどけなさが残る横顔だった。
しかし、今見ている彼女の横顔は同い年とは思えないほど大人びている。
急にアオイは胸を掴まれたよなに苦しさを覚えた。

出来る限りの平静を装って教室に入った。
「あれ?立花さん、何してんの?」
声がうわずらないように慎重に声を出した。
プリントに集中していたカオリは少し驚いたが、声の主がアオイと分かった瞬間に安堵の笑顔を見せた。
「佐山先生から、単位出したいからってプリントを渡されて、今やってるんだ。春日くんは?」
声と喋り方は中学時代と変わっていない。アオイの緊張が少し解れた。
「リョースケがバイトしてるから暇でさ。終わるまで小説でも読もうかと思って。」
化学室から教室に来る間に、必死に考えた口実だった。なかなか自信作のシナリオだ。
「高垣くんは何のバイトしてるの?」
「ピザ屋さん。ほら、去年テレビでやってたでしょ?」
「それ見た!いいなぁ、食べたいなぁ。」
カオリは屋台のある窓の方を見ている。
「でも、プリント終わらせてからじゃないと。これ終わる頃には、売り切れちゃってるよね、たぶん。」
「苦戦中?」
「うん。難しくって。やっぱり数学は苦手だな。」
ハニカミながら応える。
また、ふいにアオイの中に懐かしさが込み上げてくる。
「じゃあ、暇だし手伝うよ。難しい問題は僕が解く。」
「え?ダメだよ。これは私の課題なんだから、私がやらなきゃ意味ないよ。」
カオリは諭すように言う、彼女の生真面目さが心地良い。
でも、だからこそアオイは提案する。
「大丈夫だよ。僕らまだ高1だよ?解けない問題は、これから勉強して解ける様になればいいだけの話じゃん?佐山も単位を出す口実が欲しいから、テストじゃなくプリントにしてるんだしさ。バレたところでどうってことないよ。せっかくの学園祭なんだから、さっさと終わらせて楽しみたいでしょ?」
ちょっとまくし立て過ぎたかなと思いつつカオリを見ると、彼女は無表情でアオイを見つめていた。
しかし次の瞬間、恥ずかしそうに俯きながらつぶやいた
「じゃあ、、、手伝ってもらってもいいかな、、、?」
アオイは満面の笑みで頷いた。
生まれつきの身体の弱さがそうさせるのか、周りに従順で真面目に生きて来たカオリ。
その彼女が今、初めて『悪いこと』をしようと決意したのだ。
悪いことは楽しい。高校生なんてそんなものだ。
カオリの共犯者になれるのがアオイは嬉しかった。
「よし、決まり。じゃあ、さっさと終わらせてピザ食べに行こうよ。リョースケがオマケしてくれるからさ。」
「うん!」
アオイの記憶の中で一番のカオリの笑顔だった。
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